静かな退去日

何でもありな話

1月末をもって、実家の退去が完了しました。
トータルすると26年も住んでいたようです。

ノストラダムスの大予言が話題の中心だったり
モー娘。のLOVEマシーンが大流行していた
1999年の秋頃に、アパート取り壊しにより引越を余儀なくされ
新たに住み始めたのが、本日退去した家になります。

私は引越時期の頃は埼玉の国立の施設にいたので、
気付いたら実家が変わってたというオチもあったりしますが
埼玉から戻って、翌年の春に一人暮らしするまでの間の
半年間だけ住んでいましたね(苦笑)
なので、そんなに深い思い出があるわけじゃないんだけど(汗)

車椅子の息子がいるのに、段差が満載のアパートを決める
親の判断に、おいっ!!ってツッコミを入れましたが・・・(汗)
まぁ~おかげで、自立を早めたのもあったから
怪我の功名という解釈もできそうですね(苦笑)

妹も高等養護学校を卒業し、今の施設で暮らすまでの間は
実家に住んでいたと思います。

私自身に対して思い出はありもしませんが
両親にとってみれば一番長く住んだ家だったので
親父にしろ、母にしろ最後は家で寿命を、終えたかったろうなと思いますが、
現実は理想通りに行くこともなく、親父はサ高住に昨年末に入居し
母は先日病院で息を引き取りました・・・。

仕方ないと言えば、それまでなんだけどね。
人生は無常だなぁ~と痛感させられますね。

それにしても親父がサ高住に入居してから、まだ1か月なんだよね(汗)
入院中だった母の病院の医師からも、
実家へ戻るのは難しいと言われていたし、
両親不在の実家を残しつつ、家賃を払い続けるのは、
家族としても負担が大きすぎたし、生活保護課からも後押しがあって
今月末に実家を退去するのは決定事項だったけど
本当に早い展開で進んでいったなぁ。

実家の荷物の整理は、正月休み返上で姉が本気出してやってくれたから
1月上旬辺りには、あらかた完了していたのが凄かった(苦笑)
茶箪笥や冷蔵庫などの大型の物は、所謂何でも屋さんに手伝ってもらって
無事に処分できたりと短い間で、良くここまでできたと思います。

あまりにも姉の整理が早すぎて、残しておきたかった漫画なども
きれいに消え去っていたのは残念でならなかったが(汗)
まぁ~それも片付け優先にしたので致し方なし(笑)

ただね母の荷物は、病院退院後の施設用に保管してあったので
それも整理しなきゃならなくなったのは、やっぱ切ないもんですね・・・。

いろいろな感情はありつつも、先月に1月末での退去を伝えていた
大家さん立ち合いの下、本日を迎えたわけですが、
どこか管理会社を挟んでの契約ではなかったようなので
登場した大家さんは米寿(88歳)の、おじいちゃんな方だった(苦笑)

ちょいちょい話が噛み合わないこともあったが、
改めて本日で完全に契約は終わりと理解してもらって
何とか無事に?終えたと思います(汗)
怪しい部分もあるから、後日連絡来ることもありそうな気がするけど
26年も住んでれば、諸々の耐用年数は終えてるらしいから
ただただ連絡が来ないことを祈ろうと思います(苦笑)

たった1か月前までは、物に溢れて当たり前に人が住んでいた
部屋はもぬけの殻となって、こんなに広かったけ??
と誰でも感じてしまいそうな思いを抱きつつ、
鍵を返却しお別れをしてきました。
(正しくは、私は行けなかったので奥さんに託しましたが・・・(汗))

長らく両親を住まわせていただき、本当にありがとうございました。
本来は当人たちからお別れを伝えて欲しかったけど
それは叶わなかったので、大家さんにはお礼を言わせてもらいました。
(私はビデオ通話で(苦笑))

一旦、急いでやるべきことは無事に終えた気がします。
姉も奥さんも、関わってくれた方々、本当にありがとうございました。
雪降っている間は、少し気持ちを休めていこうかなと思います。
なので頼むから無駄な連絡は来ませんように(笑)

34年目も変わらずあでゅ~♪

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